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 わからないことが増えるということ

 その昔(って1970年代初めの頃)、小椋佳が自作のLPのエッセイか何かの中で「小さい頃は『わからないこと』だらけで、それは大人になれば『わかるようになる』と思っていたけれど、大人になってみると『わからないこと』が増えていってしまうばかりだ」というようなことを書いていた。

 それは確かに真理で、20歳も過ぎてからは時折、思い出される箴言ではあったけれど、不惑の年を過ぎて新しいことを始めようとすると日々実感されることになった。特に半兵衛父の職種でパブリック勤務だと世の中の仕組みに疎いことこの上ない。いわゆる専門バカ(インターネット普及のおかげでその「専門性」すら揺らぎつつあることに忸怩たる思いもあるのであるが。みなさん、自分の問題となるとインターネットでとことん調べてくるのですよ。いきおい「インターネットに書いてあることも玉石混淆ですからねぇ」とか「ン十年の経験によるとデスねぇ」などとエクスキューズが増える今日この頃)である。

 まぁ、年とともに面の皮も厚くなるようで、「あ、それ、知らね〜。でも、何とかなるかぁ」という落ち着き方にはなってきている。だって、知らないこと、初めてやることはしょーがないじゃん。ねぇ。シロウトが再しょっからできちゃったら、経験者の立つ瀬が無いでショ。

 で、件の小椋佳のLP。確か「残された憧憬(あこがれI」だったと思うんだけど、今、探してみたら、歌詞カードは散逸していました。 
211WBW5Q4CL._AA115_.jpg
 初期の小椋佳を聞く中学生ってのも何だかなぁ。(今の小椋佳を聞く中学生はもっと何だかなぁですけど)

 今日の結論。大人になればワカンナイことが増えて当たり前。ワカンナイことを始めるのに不安になって当たり前。以上。

 

 

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コメント

そうは言ってもね。

そういう人にはなりたくても そういう人にはなりたくない自分もいるのです。

 1つのことに対して正反対の気持ちを同時(あるいは時間を変えて)に持つことですかね。
 
 例えば親に対して陽性と陰性の気持ちを同時に持ったり.........

 半兵衛父の業界用語ではAmbivalenz=両価性などと訳しますが、別な業界では「二律背反」というのが一般的でしょうか。

自分にそれを認めてもよいのでしょうか。

だれでもそれでOKです

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